とある女性の体験した話。
女性は夫の社宅に、幼稚園にあがる前の息子との3人暮らしをしていた。
夫は朝から仕事に出かけるので、昼間は息子と2人きりで過ごす。
その頃、社宅内で夏風邪が流行っており、気をつけてはいたのだけど息子も夏風邪をひいてしまった。
一時は熱も上がり、ひやひやしたのだけど、1週間ほどでそれも治り、今は床に敷いたタオルケットの上ですやすやと眠っている。可愛い寝顔をずっと見ていたい気持ちだったが、そうもいかないので家事にとりかかる。
その日は朝から3人分のシーツを洗っていて、ベランダに干していたが、急に大雨が降ってきてしまったので慌てて取りこんだ。しかたなく部屋の中に洗濯ロープを張り、3人分のシーツを干す、ちょうど部屋を二つに分断するように。
それも終えて、やっとひと息ついて子供の寝顔をながめていると、ふいに、シーツがふわっと揺れた。
除湿にしていたエアコンの風が当たったのかなと思っていると、息子が目を覚ましていることに気がついた。目をぱっちりと開け、シーツの一点を見つめている。
どうしたの?と聞くと。息子は、「あれ」と答える。
「あれ、なに?」
息子が見ていた辺りに目をやると、ふいにシーツがくっきりと人の形に浮き上がった。
ぎょっして声も出せずに固まっていると、ふいにその人型が動きだした。わたし達親子の方へ、ゆっくりと。
そしてある事に気づいてぞっとした。シーツが息子のひざにかかっている。息子の足はそいつのいる方にあるのだ。
息子の体がずる、と引っ張られた。
飛びついて息子の両腕をつかみ、引っ張ったが、向こうにいるそいつも引っ張り返してくる。自分の体ごと持っていかれそうになるのを必死でふんばり、何とか息子をひっぱりだした。息子の足首をつかんだ骨だけの手ごと。
骨の手は息子の足首からす、と手を放し、シーツの向こう側へ消えていった。
夫が帰るまで、シーツを片付けることも出来ずに子供を抱いてふるえていた。
夜になって帰宅した夫に、必死で昼間あった出来事を泣き泣き話したが、夫は夢でも見たんだろ。子供の看病で疲れていたんだよ、と真面目にとりあってくれない。
本当にあったんだよ!夢じゃない!と、言い合っていると、部屋のインターフォンが鳴った。
隣の部屋の奥さんが神妙な面持ちで立っていた。
同居している義理の父が、夏風邪をこじらせていたのだが、つい数時間前、他界した。しばらくの間ばたばたと騒がしいかもしれないけど申し訳ない、との事だった。
昼間あった出来事との関連はわからない。ただ、後になって思い出すと、あの骨だけの手がシーツの向こうに消える時に、何か言っていた気がする。しゃがれたような声で、「ちがう」と。