ある女性が、幼少期に経験した不可解な出来事を語ってくれた。
小学校高学年の頃、学校が終わって自宅のマンションに帰宅すると、リビングで母と2人でなにげない会話をしていた。夕飯の準備をしている母の背中に、今日あった事や気になる男子の話なんかをし、母は相づちをうってくれたり、リアクションをしてくれたりした。
そうしているうちに、なにやら家の外の方から、人の声らしきものが聞こえてきた。近くではなく遠くのほうだ。
気にせずおしゃべりを続けていたが、気付くと、さっきよりも近そうな場所からまた聞こえてきた。どうやら声の主が、このマンションの方角に近づいてきているらしい。
少しすると、さらに近い場所で声が聞こえる。そこでわかったのが、声は女性のもので、どうも二人の女性が大声で何か言い争っているらしい。
少し怖くなってきたが、でも自分は家の中だし、お母さんもいるし、別に大丈夫だと思っていた。
しかし、争う声はどんどんと近づいてくる。母の方はそんな事など気になっていない様子で、変わらず夕食の準備を続けている。
マンションの目の前まで声が近づいてきたところで、出来上がった私の分の夕食を母がテーブルに置いた。宿題終わったの?とのんきなことを言っている。お母さんには聞こえていないのだろうか。
怒鳴り声はとうとう、自分の家の玄関の前までやってきた。激しい怒声に怯え、耳を押さえながら、ねえお母さん!怖い!と叫んでも母はこっちを向いてくれない。
怒鳴り声がいっそう大きくなり、玄関が乱暴にバンッと開き、二人の女性がもつれあいながら家の中になだれこんできた。
派手な髪形にドレス。当時小学生だった自分にも、何となく夜の仕事をしてる人の格好に思えた。
驚きと恐怖で固まっていると、二人は互いの服や髪の毛をつかみ合いながら激しい取っ組み合いをくりひろげる。母はこっちを向いてくれない。
馬乗りになって顔を叩いたり、叩かれていた方が今度は上になり、頭を押さえつけながら髪を引っ張ったり。
ぶちぶち、と嫌な音がして髪が引き抜かれ、やられた方はぐったりと動かなくなった。上に乗っている女は髪の毛を握りしめゲラゲラ笑っている。
笑っていた女が握っていた髪を投げ捨て、それがテーブルに置かれた料理の上に落ちた。
とっさに悲鳴をあげて料理の皿を手で払いのけると、やっと母がどうしたの?と振り返った。
恐怖で混乱してうまく喋れず、だって髪が、皿に、とだけ言うと、母は怪訝そうな顔で、お母さんの髪入っちゃってた?でもそんな、振り払うことないじゃない、と怒っている。
気が付くと二人の女も、投げた髪の毛も消えていた。
いま目の前で起きた出来事を、必死に母に説明する。
女の人ふたりが喧嘩しながら家に入ってきて、馬乗りになって髪つかんだりして、やられた人は動かなくなって、と、そこまで説明したところで、それまで不思議そうな顔をしていた母が、無表情になった。
なぜかそれからは何を言ってもろくに答えてくれず、お父さん帰ってきたら出かけるから、早くご飯食べて部屋で待ってなさい、と言われた。
部屋で待っていると、父が帰宅し、両親はリビングでひそひそと何か話しているが、内容は聞き取れない。
そのあと本当に三人で車に乗って家を出て、家から遠く離れた場所にあるお寺に連れていかれた。
両親は寺のお坊さんと長い時間、何かを話し車で帰っていった。
そしてその日から高校に入学するまでの数年間、一度も家には帰らずに自分は寺に預けられた、という。
そう語ってくれた女性に、お寺で数年間何をしていたんですか?そこから学校とかに通っていたんですか?と尋ねると、女性は
「それは聞かないでください」と言った。